色奈さんは止まれない

生きてるだけで必死

変わらなきゃ

二年ほど、風俗に身を置いていた。

 

風俗と言ってもアダルトチャットのチャットレディーというジャンルで、気になる人はDMMとか見てもらったら分かると思う。

 

「簡単お小遣い稼ぎ♪」

 

なんて阿保みたいなうたい文句にホイホイ乗った阿保。

いざとなったらやめればいいや、逃げればいいや、ちょっと稼げればいいや。そんなノリで。

 

 

と、人には言うけれど。

 

 

本当はどこかへ行きたかった。

私を知らない人がたくさんいて、私は私を捨てて、別の何かになりたかった。

「優しくて面倒見が良くて、ちょっとうっかりするドジな女の子」な私を演じなくていい所へ、私は行きたかったんだ。

 

 

 

風俗だから稼げるかどうかは、運と顔と事務所によると思う。

私は顔と運が悪くて二年でやめたけど、チャットレディーは結構息の長い仕事、だと思う。触れることが出来ないぶん、年齢も偽りやすい、私がいた事務所でも7年くらい続けている人もいた。あの人は元気だろうか。

 

危なかったことは一度もなかった、女の子に甘いくらい優しい事務所。

こういうのもアレだけど、あの場所は本当に心地よかった。あの場所にいたとき、それなりに悩んで努力して結果にならなくて、励ましてもらって「大丈夫」という言葉をかけてもらって、本当に助かった。

 

「ここは通過点」

 

風俗に来る女の子の大半は社会人として未熟な子が多い。

その子たちがここでの経験を将来に生かしてほしいと、スタッフに言われたことがあった。目上の方には正しい敬語を、気遣いの仕方を、困った時の逃げ方を、それらはいつか必ず役に立つから。と。

 

幸か不幸か、私の客という人たちはいい人が多かった。

アダルトチャットというジャンルはお客さん側は顔も声も出さなくていいから、ボロボロに言ってきたり、去勢を張ってえらく見せてくるやつが大半だが、私の場合はあまりそういう思いもせず、良い人が多かった。事務所の人にも驚かれた。

 

「ありがとう、元気が出た」

 

そういってもらえること、それが一番うれしかった。

その一言が欲しくて相手の事を考えて、私は生きた。

 

辞めた理由は簡単で、恋人が出来てチャットに集中できなくなり、相手がいるというのにそれが出来なくなって、申し訳なくなって、稼げなくなって、終わらせた。

 

 

何に関してもだけど、終わるときというのは随分あっけない。どこか他人事のような気もする。

「終わったんだ」

その事実を脳みそが咀嚼するのに時間がかかる気がする。

現に今ようやくその事実がリアルになってきた。

辞めて1か月ぐらいは生活習慣もぐちゃぐちゃで体調も崩してた。

 

やってよかった。

いい経験だった、と思う。

他人にはもちろんすすめないし、友達がやるなんて言い出したら全力で止めるし、決して胸を張れることではないけど、私はよかった。

 

あの場所にいて、良かった。

 

でも、その「よかった」という思い出に

浸り続けちゃダメなんだ。

恥ずかしいけど

 

好きな人がいること、その事実に毎日救われていて、離れていても「あの人がいるから」って気持ちになる。

 

まさか、家族や親友以外で自分を全面に信用してくれて信頼してくれて、味方でいてくれる人に出会えるなんて思わなかった。そして、相手に対してもそう思えるから、本当に私は恵まれているし、幸せだ。

 

 

もっとちゃんと、相手のために生きれるように頑張ろう。

 

依存してるなんてとっくに知ってて、自覚もあって、相手にも言ってて、でもそしたら「世界に2人だけになるかもね、素敵だなあ」なんて言うんだから、依存しても仕方ない。

 

 

なんであの人あんなに私に優しくて甘くて正しいんだ。

 

私がダメに思えてしまうくらい。あの人は最高だ。

 

 

幸せをありがとう。

そんなに私が悪いか

適切な距離感ってなんだ。

 

自分にとって心地よい、普通の距離感は他人から見たら近いとか遠いとか意味が分からないから目に見える形で表示してくれないかな。

 

でもきっとそうなったら、距離が遠い人に見せかけてトリックアートみたいな距離感の人もいれば、近いと思ったらその下には深い深い崖を抱えた人間も、そもそも心の距離なんてない人間にみせかけて、防弾ガラスみたいな人もいるだろうし。

 

もう意味が分からない。

 

ほっといてくれよ。

適当に話して遊んで適当に合わせていればそれでいいじゃないか。

 

この「適当」の意味をはき違えているやつが結構いる。

大人になってもいるとは思ってなかったけど。

「適切、適度」って意味だぞ。「いい加減」だけだと思ってるのか。

 

本当に頭を抱える

確かに私自身頭も悪いし性格も悪い。

だからこそできる限り常識をしろうと、努力はしてきたが。

 

ネバーランドに生きたい。

子供のまま生まれて、子どものまま死にたい。

 

空気なんて読みたくない

 

甘いままなんだろうな

優しさと甘さの違いはなんだろう。

 

 

私は自分がとても他人に甘いことを知っている。それは「私と関わりの薄い他人がどうなっても知らない」からだ。

仕事だけ、数時間だけ、今だけ、そんな薄い人間関係でいざこざなんて起こしたくない、ならヘラヘラ笑っていい人の振りをして「わたしがやろうか?」と優しくする。

 

それは甘さだと、認識している。

その人の為を思えば私が変わりにやるのではなく、手伝ったり時間がかかってもサポートするのが正しい、それが「優しさ」

 

だってどうだっていいじゃないか、どう考えてもおかしいやつに「お前はおかしい」と言ったところでそれが伝わるわけじゃないし、直るわけでもない。自分にそれくらいの影響力がある訳でもないし、だったらヘラヘラしてりゃ1番手っ取り早い。

 

 

こういう考えだからダメなんだろうなあーーー

知ってるんだなぁーーーーー!!

 

 

それは、家族に対しても年々そうなる。

伝わらない、分かり合えない、無意味。そう割り切ってしまって。

 

優しくなりたい。

思いやりを持って、自分の意思をちゃんと持って、自己主張と我儘を履き違えないで、優しくなりたい。

 

できるかなあ。

 

 

そういうところだぞ

自己肯定できるようになりたい。

 

とりあえず否定から入るのどうにかしたい。自分の中で最大限に頑張った状態でも、私なんかが、みんな出来ることだから、まだまだです。ってクソみたいなことばかり言っちゃう。

 

いい加減にしたいんだよ。

頑張っても頑張っても、結果にならない気がして、頑張ってないんじゃないか、って自己嫌悪ばっかり成長して、自己肯定に後ろ向きになるのが怖いんだ。

 

こんな所ばっかり母親に似たのも嫌だし、だからといって染み付いた癖はなかなか取れない。

 

降り曲がった紙が戻らないように、心の癖というのも簡単には取れない。

 

でも、誰かが、私の癖のついた心を伸ばしてくれる人が、もしもいるなら、期待せざるを得ないんだよなあ。

 

今付き合ってるあの人は、わたしとってそういう人。

 

自己肯定できなくて自己嫌悪って、バカバカしくて、ちゃんちゃらおかしいなあ。

 

夏のせいにしてしまいたい。

 

できるようになるかな、私にも。

 

 

君のことはどうでもいい。

ああもう本当にやめてくれ

 

私が悪いって言うのか

馴れ馴れしい男が悪いのか

 

よく距離感が近くて警戒心が薄い、と言われるけどそういう女が好きな男が多いのも知っているし、その場限りでノリがいい女がいい男が多いのも知っている。

 

本気なんてやめてくれ、重くて重くて仕方が無い。私には私の好きな人がいる、それだけでいいんだ。

 

別に誰彼いい顔しているわけじゃないし、むしろ何も思ってないというのに、どうしてそれが伝わらないんだ。

 

ブスだから愛嬌だけでも、って生きてきたツケがきたのかな。くそくそ、本当にいやだ。

 

 

ほっといてくれよ。

それでもやめられない

 

 

上っ面の良い人間だという自覚は昔からある。

 

と、言うよりは相手に嫌われないように努力する癖が昔からしみついて、それがなかなか取れない。誰かに嫌われても自分を貫くなんて、私には到底できない、

 

同性には「うざく思われないように」

異性に対しては「馬鹿ない女に見られないように」

 

男は馬鹿とブスに厳しいと聞いたことがあるし、女はサークルから省かれるとそこは地獄へ早変わり。

 

 

「ご飯とかどう?」

「勘違いしちゃうなあ」

「おれじゃだめなの?」

 

云われてきた言葉の数々は、まるで人気があるんじゃないかと錯覚してしまうから本当にやめてほしい。好かれたいから笑ってるんじゃない、嫌われたくないから必死なんだよ。

 

たった一人の人に心から愛されているといのに、本当に私は臆病で、ずるくて、情けない女。せめて芯のある女でいたかった。

 

ふらふら、長いものに巻かれて、争いもひずみもなくなだらかな道を淡々と過ごしているから、私はイイ女にはなれないんだろうな。

 

ああくそ、又こうやって自分の首を絞める。

 

分かってるんだよそんなこと。